「羽生マジック」

将棋の羽生善治さんは、私たちと同世代の名人であり、現在の将棋界を名実ともに引っ張っている不動の存在です。

羽生さんの将棋は、素人の私が見ていても面白くて、NHKの対局で羽生さんが出ていると、思わず見入ってしまうような不思議な魅力があります。また、羽生さんの書いた本も面白くて、高い意識で将棋に取り組んでいることに感銘を受けます。


一方、他の将棋棋士は、羽生さんの存在をどのように受け止め、どのように消化しようとしているのでしょうか。それを伝える面白い本がありました。

谷川浩司さんは、羽生さんよりも8歳年上の永世名人で、現在も羽生さんなどとともに最高レベルで戦いを繰り広げています。その谷川さんが書かれた本の中に、「年下の羽生さんに対して嫉妬心を抱いていた」と告白されています。特に羽生さんが七冠を総なめしたとき、最後にタイトルを奪われたのが谷川さんで、負けた瞬間、自分自身が「羽生さんの脇役」でしかないことを強烈に感じたそうです。


そこから、谷川さんは復活していきます。それは、羽生さんに対してではなく、自分自身に対して闘っていかなければいけないと反省することができたから、ということでした。「自分は自分」と考え、「羽生さんのことを考えるより、自分にできることをやろう」と考え直すことで、視野を広げることができるようになったということでした。

「羽生マジック」という言葉が盛んに使われていた時期、谷川さんは羽生さんと対局する前から不安で仕方がなかったそうです。でも、自分の嫉妬する気持ちととことん向き合うことで、羽生さんが魔法をかけていたのではなく、「羽生マジックにやられてしまうのではないか」という自分自身の弱い気持ちが、魔法にかけられていたかのように、戦う前から負けていた、ということを理解したそうです。


自分自身の弱い心と素直に向き合い、復活を遂げた谷川さんも、やはり偉大な棋士であると思います。