「掉さす」時代

「掉さす」という言葉の意味は、辞書で調べてみると、「棹を水底につきさして、舟を進めることから転じて、時流に乗ること」とあります。この言葉がおもしろいと思うのは、その説明のあとに「時流に逆らう意味で、誤用する場合がある」と続くことです。


白状すると、私も、どちらかというと「誤用」のほうのニュアンスで「掉さす」という言葉を受け止めていたように思います。

「掉さす」とは、本来、「時流に乗る」ということですが、その全く正反対の「時流に逆らう」という意味にも用いられるわけですから、言葉も「生き物」だということでしょうか。


さらにおもしろいと思うのは、新しい事業を行う場合、誰もが自分自身の事業を「時流に乗った事業」だと考えて着手していると思うのですが、実際には「時流に逆らった事業」である場合があるのかもしれない、と想像できることです。もちろん、このことは自分自身の戒めなのですが、「時流に乗っているつもりが、時流に逆らっていた」ということのないように、「棹さして」いきたいと思います。


「未来を予測する最良の方法は、未来を創造することである」

さらに深いところでは、「時流」を意識しながらも、それを超えて、「このような社会にしていきたい」「このように未来の扉をこじ開けていきたい」という強い信念を持って、事業に取り組む方がたくさんいらっしゃると思います。そういう意味では、「時流」とは、そういった人の信念が生み出すものなのかもしれません。


「掉さす」とは、時流に乗っているか、あるいは逆らっているか、ということを超えて、より強い信念で未来を創造しようとしているか、という側面もあるということを、忘れてはならないのでしょうね。