何者でもない自分

誰でも「何者かの自分」であることを願い、またはそうなるために、いろいろな努力をしながら、それを実現していこうとしているのかもしれません。私自身の現状認識としましては、「何者かの自分」になっているわけではなく、未だ「何者でもない自分」の領域でもがいています。


「起こることすべてに、意味がある」という言葉を聞いたことがありますが、この歳で未だ「何者でもない自分」の私でも、実現してみたいビジョンというか夢みたいなものを持っています。周りの人に与える魅力に乏しく、少し変なところがあるかもしれない「何者でもない自分」でも、明かしてみたいことがあります。人望は薄くても、人間的魅力に乏しくても、楽天主義を常に持ち、したたかで堅実な歩みだけを頼りに、明かしてみたいことがあります。


これからの時間、それを実現できるかどうかという指針だけでなく、深い孤独感に陥ったときにも楽天主義でしたたかな歩みを続けていくことができるかどうか、どうしようもなく行き詰ってしまったときでも楽天主義でしたたかな歩みを続けていくことができるかどうか、逆に飛び上がって喜びたいことに遭遇したときでも、襟を正し、楽天主義でしたたかな歩みを続けていくことができるかどうか。

そういったことも、一日一日の大切な指針にしてみたいと思います。