「志」か「夢想」か

仕事をしていると、いろいろな壁につきあたることがあります。また、仕事だけでなく、生活していると、さまざまなことで悩み、苦しむことがあります。そうしたときは、どうしたらいいのでしょうか。そのヒントが、書いてありました。


「あなたは、これまでの仕事を通じて、人間の弱さや組織の矛盾を深く見つめてきたかということです。どれだけ高邁な理念を掲げても、現実は、理想とかけ離れているものです。そうした現実の矛盾の中でも、決して失われない理想や志を持っているかなのです。いや、理想や志とは、その泥まみれの現実によっても失われなかったとき、初めて、それを理想や志と呼ぶのでしょう」


現実の厳しさこそが、「志」が本物か偽物かを浮き彫りにする貴重なリトマス試験紙と言えるでしょうか。逆に言うと、「厳しいなあ」「苦しいなあ」と思えるときこそ、自分自身の「志」を見直す絶好の機会と言えるのかもしれません。


私自身、迂闊に「私の志」と言いたくなりますが、厳しい現実に直面したとき、それが「志」なのか、それともただの「夢想」なのか、しっかりと見つめなおしてみたいと思います。