今年のドラフト会議

昨日はプロ野球のドラフト会議がありました。毎年いろいろなドラマが繰り広げられているようですが、私にとって今年ほど重要なドラフト会議は過去にありませんでした。


今から25年ほど前になるでしょうか、高校1年生だった私は、思い切って野球部に入部しました。「思い切って」といっても、(あくまで当時のことですが)草野球に毛が生えたような野球部でしたので、練習がそれほどキツいわけではありません。入部初日、監督に「君は中学時代、どこを守っていたの?」と聞かれ、「ピッチャーです」と正直に答えると、「じゃあ、君にはピッチャーをやってもうらおう」と決めていただきました。


ピッチャーというと、監督にその素質を見込まれた「特別な者」だけに与えられるポジション、というイメージがありました。でも、当時のその野球部では、意外と簡単にピッチャーになることができたわけです。私は「ラッキー!」と内心つぶやきながら、野球部初日の(簡単な)練習を終えた記憶があります。


その夜、不思議な夢を見ました。私が先発で登板した試合があっさりとコールド負けしてしまい、監督に「お前なんかをピッチャーにしたのが失敗だった」と面と向かって言われてしまいます。夢から醒めたあともその映像が鮮明に残っていて、私はしばらく茫然としてしまいました。


もともとどっちつかずの優柔不断な気持ちで野球部に入部した状態でしたので、「この夢は、やっぱり野球部を辞めるべきだ、という意味なのだろう」とあっさり結論を出してしまい、結局私は一日で野球部を退部することにしました。


それから、苦しい高校生活が始まりました。友達もできず、進学するのか就職するのかについても方向性が定まらず、ただただ「高校を辞めたい」という気持ちで生活する日が続きました。


25年も前のことですが、あの日、あっさりあきらめてしまった出来事が、今でも自分に何かを伝えているような気がします。起業して数年が経過しますが、未だ「ないないづくし」の連続で、本当に気が滅入りそうになってしまうことも正直あります。でも、一日で野球部を辞めてしまった後悔の念が、「簡単にあきらめてはいけない」という気持ちにさせてくれているような気もします。


今でもその野球部が、地方大会でどういう結果になっているのか、こっそりとインターネットで見ています。一度ベスト4まで行ったことがありましたが、それが過去最高の結果で、あとはだいたい1回戦か2回戦で敗退しています。


今年の夏の地方予選も、(少しだけよかったようですが)3回戦で見事に敗退していました。「何かの間違いであってもいいから、自分の生きているうちに甲子園に行くようなことはないかなあ」と密かに思っていますが、現実はそんなに甘くはないようです。


そんな野球部の中から、今年のドラフト会議に選ばれた選手がいました。インターネットでドラフトの結果をさっと見ていたとき、私が通っていた高校の名前が飛び込んできましたので、すぐに「何かの間違いだろう」と思いました。ときどき、夢と現実を混同してしまうことがあります。それに、今年の夏の地方大会では3回戦で敗退していましたので、そんなに素質のあるピッチャーがいたとは思えません。


いくつかのネット記事を見ていくうちに、その高校からプロ野球のドラフトに選ばれた選手がいたということが、決して嘘ではないと判断しました。どうやらその選手は、中学生のときからすでに注目されていたようで、いくつかの私立の高校から誘われていたものの、「家が近いから」という理由だけで、全く無名の公立高校に進学したようです。


野球選手にとって、高校3年間はとても重要な時期であるとよく耳にします。それを「家が近いから」という理由で、無名の(おそらく)弱小の高校に進学していいものかと思ったりしますが、正直なところ、その精神性を少し身近に感じたりもします。


プロ野球選手になるとするなら、(おそらく素質はあるのでしょうから)野村克也元監督がよく言っているように、しっかりと野球のことを勉強する必要があるでしょうし、例えば楽天の田中投手のような、弾けるような闘志、強い精神力を養っていかなければ、なかなか一軍で活躍することはできないでしょう。


逆に言うと、その後は「スーパースター」と鳴かず飛ばずの選手に大きく分かれていくとしても、もともとはそれほど大きな差はなかった、ということだと思います。ドラフトで選ばれた運命と素質を自ら受け入れ、いかに工夫し、どのような自分を作り上げていくか。ドラフト前の生活を変えることはできないですから、ドラフト後の生活を変えていくしかありません。


翻って、私たちが日々取り組んでいるような仕事においては、「できる人」と「できない人」の差など、本当に誤差に過ぎないのかもしれません。だからこそ、今日一日をいかに生きていくか、いかに取り組んでいくか。結局は、そのことに集約されていくような気がします。もちろん、どの仕事にも「運」や「縁」はあるでしょうが、大切なことは「人事を尽くして天命を待つ」ということではないかと思います。


昨日のドラフト会議は、すっかり忘れてしまっていた「ワクワクするような夢」を、中年に差し掛かった私に取り戻させてくれました。もともと、大きな差などないはずです。未だ「ないないづくし」の状態ですが、何かがあるから起業したわけで、その根本部分でもある「ワクワクするような夢」を忘れることなく、日々の仕事に取り組んでいきたいと思います。