「日本一の下克上」

夏の高校野球地方大会を駆け上り、チームの主将が「日本一の下克上を達成することができた」と優勝インタビューで答えたとき、それが決して大げさな表現ではなく、むしろ控えめなのではないか、と思ったのは私だけではなかったと思います。仮に主将が「世界一」「宇宙一」という表現を使用していたとしても、その高校を知る者からすれば、「本当にそうかもしれないな…」と思わざるを得ない快挙でした。


白山高校野球部が、三重県の地方大会で優勝しました。本当に信じがたいことが起こりました。ネットニュースでその一報を初めて目にしたとき、周りに人がいるのもお構いなく、「え、マジか!」と声に出してしまい、しばらく震えが止まりませんでした(今でも、心のどこかが痺れているような気がします)。なぜこんなことが、実現できたのでしょうか。

地元では、他に行くところがない子供が「仕方なく通う高校」が白山高校と言われていました(今から30年も前の話です)。過疎化が進む山間のふもとにあり、名松線とバスしか公共の交通機関はありません。以前は、白山高校の近くに小さなスーパーマーケットがあり、そのお店の前で、白山高校の生徒がよくたむろしていました。しかし、何年も前にそのスーパーマーケットもなくなり、今では更地の状態が続いています。そのため、白山高校の近くを車で通過しても、あまり白山高校の生徒を目撃することがなくなりました。いずれ廃校になるのだろう、と思っていました。三重県内でも、野球部の選手が集まらずに合同チームを結成する高校があります。当然、白山高校もその運命をたどるはずでした。現在、白山高校野球部の部員が56名もいること自体、すでにキセキです。


今年5月の休日、午前8時頃に白山高校の前を車で通過しました。過疎化の進む地域の高校でもあり、人の気配はまったくありませんでしたが、校門近くに1台のマイクロバスが止まっていました。今思えば、それがきっと野球部のものだったのでしょう。


本当に、なぜこのようなことが起こってしまったのか。とにかくその理由を知りたくて仕方がありませんでした。そのため、白山高校野球部のニュースを漁りまくりました。…どうやら、6年前に現在の監督が就任され、それから風向きが変わったようです。当初、部員不足で合同チームを結成したとありますが、過疎化の影響を受ける高校として、それは決して特別なことではなく、他の過疎化が進む地域の高校ではあり得ることなのでしょう。そこから、監督が地道にいろいろな中学を訪問され、野球をしたい生徒を募ってできたのが今のチームのようです。


去年、夏の地方大会で3回戦まで勝ち上がったことで、すでに白山高校野球部の「サクセスストーリー」は完結したと言ってもよかった。今年の春の地方大会では、ベスト8まで勝ち上がりました。そして、この夏の地方大会で、菰野高校に勝った時点で、もう充分なはずでした。


なぜ、こんなことが起きたのか、今でも不思議で仕方がありません。三重県内の高校を卒業して30年近くが経過し、最近の三重県の高校事情はよくわかりませんが、それでも「今年は三重県から、どの高校が優勝するのだろう?」と気になりますし、そのことを確認できるニュースを見ることは、毎年ひそかな楽しみとなっています。


今後、白山高校の優勝ほどの衝撃は、もう起こらないでしょう。なぜなら、白山高校の立地、白山高校の今までのマイナスイメージ、白山高校野球部の今までの弱さを知る地元の者からすれば、今回起こった出来事は、まさに「日本一の下克上」を達成した事件であることに間違いないし、これ以上のドラマチックな出来事が高校野球で起こり得ることは想像を絶することだからです。