知ることと知られること

「子(し)いわく、人の己を知らざるを患(うれ)えず、人を知らざるを患うと」


論語にある言葉です。「人が自分のことを知らないことに心を砕くのではなく、自分が人のことを知らないことに心を砕く」という意味だそうです。この言葉ですが、「ビジネス」において、非常に大切な言葉のような気がします。


何らかの事業に取り組み、それを通して売上を伸ばしていくためには、「人が自分のことを知らないことに心を砕く」必要があります。誰もその事業(商品やサービス)のことを知らなければ、売上を上げることはできないからです。

でも、「人が自分のことを知らないことに心を砕く」という方向性には、大きな落とし穴があるような気がします。「多くの人に素晴らしい商品やサービスを提供するために、自分のことを知っていただく必要がある」という方向性が「ビジネス」における原点だと思うのですが、一歩踏み違えると、「自分のエゴを満たすために、自分のことを知られたい」という魅力的な(?)落とし穴に陥ってしまう気がします。


その落とし穴に落ちないようにするには、また、仮に落とし穴に落ちたとしても、もう一度穴から抜け出すためには、どうすればよいのでしょうか。

それが、「自分が人のことを知らないことに心を砕く」にあるような気がします。「素晴らしい商品やサービスだと思っていたけど、果たして潜在顧客の何を知っていたのだろうか」と反省する姿勢があれば、落とし穴に落ちることなく、「人が自分のことを知らないことに心を砕く」ことができるようになっていくと思います。


私自身、もっともっと「自分が人のことを知らないことに心を砕く」必要があります。反省、また反省です。