安易な精神志向

最近読んでいた本の中に、ひっかかる個所がありました。


精神主義は多くの場合、能力のない人の言い訳に利用される」


これは非常に厳しい言葉ですね。「精神主義」が何を指すのかはわかりませんが、確かに「精神志向」に走ると、結果をそれほど気にしなくなるため、知らず知らず自分を甘やかしていることがあると反省します。そもそも「精神志向」には、「自己満足」という大きな落とし穴があるようにも感じます。結果の出せない自分に対し、それでも満足するには「精神志向」が一番だという安易さがあるのも事実だと思います。


今までの自身自身が「精神志向」という傾向にあるとするなら、やっぱりそれは浅はかなものでしかなかったということなのでしょう。二宮尊徳の言葉でいうところの「経済を忘れた道徳は寝言である」ということでしょうか。


自分自身の精神性を大切にするにしても、現実との格闘を通したものでないとあまり意味がないのかもしれません。経営理念を持ち、ヴィジョンを持って仕事に取り組むとき、「実現できなくても自分さえ満足できれば…」という安易な気持ちがあると、求めるべき何かが実現できないだけでなく、重視していたはずの精神性すら深める(成長させる)こともできないということなのでしょうか。


「仕事は自分だけのためならず」


いろいろな人を通して、「事を成す」ことに真剣に取り組み、悪戦苦闘していく中で、自分自身の心も深めていきたいと思います。