「単調な仕事」の面白み

仕事をしていると、そのほとんどが体力勝負の地味で根気のいる単調なものだということに気づかされます。どんなに「独創的」で「差別化」された、いわゆる「クリエイティブな仕事」に取り組んでみたいと思ってみても、理想と現実の違いに悩まされ、愕然と立ちすくむだけです。逆に言うと、そのように考えれば考えるほど、目の前の仕事が苦痛になってきて、「どうして自分は、こんなに単調で、誰にでもできる仕事しか取り組むことができないのだろうか」と悩み続けることになります。実際、以前の私はそのように悩み、悲観的になった時期がありました。


でも、最近は少し違う考え方をしています。地味で根気のいる単調な仕事に取り組んでいると、その面白みが見えてくることがあります。「単調」の中には、いろいろと工夫する要素が含まれていることに気づかされます。その工夫をどのように織り交ぜていくかを考えて仕事をしていると、さっきまで「地味」で「単調」だったものが、突然変異を起こし、想像性豊かな仕事に姿を変えていきます。だからこそ、真剣に目の前の仕事に打ち込むことがいかに大切であるかということを実感させられます。


「クリエイティブな仕事」、「面白みのある仕事」といったものは、人から与えられるものではなく、目の前の仕事に打ち込んでいく過程で“結果的に”見出されるものなのかもしれません。目の前の仕事が苦痛に感じられるときは、“イエローカード”を差し出された状態と捉えるべきかもしれません。どこかに“逃げ”の気持ちがあり、真剣に取り組んでいないことの兆候であると考えられるからです。


私自身の課題としては、「仕事の彼方」に何を見るかを挙げたいです。それは、目の前の仕事の彼方に何を見ているかということもありますし、自分自身の生涯を通して、どのような「彼方」を見ているかということもあると思います。それは「ビジョン」や「理念」、あるいは「志」といった言葉に置き換えることができるかもしれませんが、未だそのような私自身の根幹にあるべきものがユラユラしていることを、正直に反省する必要があります。


以前、「手を動かしながら考えよ」と教えられた時期がありました。今こそ、それを実践していきたいと思います。目の前の仕事に打ち込みながら(手を動かしながら)、仕事の彼方をしっかり見つめて(考えて)いきたいものです。最近になって実感することは、当たり前ですが、「ビジョン」や「志」といったものは、決してぱっと思いつくものではないということです。もがき苦しみながら、ようやく醸成されていくものであるような気がします。その現実からも逃げることなく、常に自分自身に問い続けながら、「仕事の彼方」を見出していければと思います。


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