ノムさん

伝説的なプロ野球選手であり、偉大な監督でありながら、多くの人から親しみを込めて「ノムさん」と呼ばれていました。私もやはり「ノムさん」と呼びたい一人です。

 

一度、ノムさんの講演を聞きに行ったことがあります。中小企業を応援する趣旨のセミナーで、ノムさんの講演は確か「常勝チームをつくるための戦略」のようなタイトルでした。ノムさんが登場して開口一番、「まあ、私は一度も常勝チームを作ったことはありませんけどね。作れるものなら、教えてほしいよ」と言って会場を沸かせていました。全く主催者泣かせでありながら、会場は大いに盛り上がっていました。

 

ノムさんが亡くなり、ノムさんを特集したテレビ番組を見ました。また、過去の動画を最近まとめて見ました。ノムさんの言動に、なぜこれほど魅了されるのか考えていたのですが、本人も仰っているように「劣等感」を最後まで忘れずに持っていたからではないでしょうか。

 

3歳のときに戦争で父親を亡くし、貧しい母子家庭で育っていく。そんな中、夢を持ち続け、「なにくそ精神」で超一流のプロ野球選手になっていく。これこそ日本人が、いや世界中の人が愛してやまないストーリーです。そして超一流選手になっていながら、「王、長嶋が私の価値を落とした張本人」と言って憚りません。普通の精神の持ち主であれば、あれだけ選手として結果を残したのであれば、何も王さんや長嶋さんと比較する必要などなく、十分満足できたのではないでしょうか。

 

プロ野球の監督になってからも、例えば最後の楽天で馘を宣告されたとき、「優勝しても馘が決まっていると言われて、やる気をなくしたよ」と言って憚りませんでした。また、最愛のサッチーが亡くなってのち、「今、男の弱さを噛みしめているよ。寂しい」と正直に話されていました。

 

超一流の選手や監督でありながら、そのことを鼻にかけることなく、むしろ最後まで劣等感を持ち続けた精神性、常に困難と向き合いながら消えることのないユーモア、その振り幅の大きさが魅力となっているのでしょう。

 

確かにノムさんの言動は、主催者側、エスタブリッシュメント側からすれば煙たいものだったかもしれません。でも、本人は「不器用だから」と仰っていますが、動じることなく何でも正直に話される人柄は、多くの人を魅了しました。

 

ノムさんは、あれだけの結果を残していながら、最後まで自らの弱さと向き合っていました。だからこそ、監督時代、「野村再生工場」を実現することができたのでしょう。人の弱さを感じ、どうすればその人がよくなるか、真剣に考え、軌道修正していきました。

 

「努力に勝る天才なし」。ノムさんが選手としてどの程度の才能があったのかは知りませんが、本人の言葉を借りれば「バッターであれば2割5分程度の実力だったのを、試行錯誤して5分かさ上げした」ということです。その経験が、人に対して「夢を持て。自分の興味あることに挑戦せよ」と仰った原点となっているのでしょう。

 

「劣等感を持つことは悪いことじゃない。それを力に変えよ」ということを、証明し続けた人生でした。多くの人は何らかの劣等感を持っていますし、自分の弱さに気づいています。だからこそ、ノムさんの言動は多くの人に響き、愛されるキャラクターとなっていったのではないかと思います。