「えらい」の意味

日本の標準的な言葉の意味でいうと、「えらい」は「偉い」で、「偉大な」ということになると思います。最近おもしろいなあと思ったのは、「えらい人」=「しんどいことができる人」と表現している本があったことです。


私の田舎では、「えらい」という言葉は、「偉い」という意味とは別に、「しんどい」という意味で頻繁に使っています。「偉い」という意味の「えらい」は、日本全国共通していると思いますが、「しんどい」という意味の「えらい」は、私の田舎方面に限られたものであるのかもしれません。

「しんどい」という意味の「えらい」は、「(骨が折れることをして)疲れた」という意味と、「(骨の折れることをしようとして)大変だ」という二つの意味があります。

つまり、「えらい(偉大な)人」というのは、「骨の折れることをした人」と「骨の折れることをしようとしている人」のことを指すのだということです。


先日テレビで放送していたのですが、アメリカのテレビ業界で活躍する「マシオカ」氏は、「いつも困難なほうを選択してチャレンジしてきた、これからも困難なことにチャレンジしていく」という主旨のことを話されていました。

偉大な人は、本人は心から楽しんでいたとしても、傍目からみると「えらい(しんどい)」ことをよくも毎日取り組んでいるなあ、ということになるのかもしれません。もちろん「えらい(しんどい)」内容にもよりますが、「えらい(しんどい、偉大な)」ことをしているかどうかいつも天から見られているという覚悟でもって、「えらい(しんどい)」ことから目を背けずに、毎日取り組んでいきたいと思います。