藤井聡太二冠の将棋に対するユニークな考え方は「自分自身に余白がどれだけあるか」ということだと思います。
すでに10代で「余白」について向き合えること自体、すごいことだと思います。
この「余白」という意味ですが、藤井二冠がどのように捉えているか実際のところはわかりませんが、私自身は以下のように考えます。
将棋そのものの奥深さを測り知ることはできないとしても、自分自身の生涯の中でどれだけその一端に触れることができるか。そのために、自分自身が取り組むべきことをすべて取り組んでいるか。まだまだ今の時点で取り組むべきことがたくさんあるのではないか。
この「今の時点」で自分自身が取り組むべき課題のことを、「余白」と表現されているのではないかと思います。
翻ってその考え方を私自身に当てはめてみると、余白だらけでほぼ真っ白な状態であることを痛感します。残されたノートのページはそれほどないはずです。とにかく残されたページを埋めるべく、書き綴っていきたいと思います。